『アイビー・ハウス』原田ひ香

最近の若者のクルマとか海外旅行に関心を示さないような低空飛行な生きかたに合致しているのかしらんが、あるいは格安に都会に住めるということだけなんかも分からないけど、シェアハウスというのが流行とまではいかなくてもそこここで言われだしているようで、題名となっているアイビーハウスというのもシェアハウスのことで、こういうトレンドっぽいものをすかさず小説にとりいれたりするのはこの作家らしい。正直そんなところはあまり好きになれないものの、特徴といえるほどのものがあるのは強みかもしれないし、少しでも話題になれればといと少し下品に聞こえるが、ともあれ売ろうということのひとつの表れでもあって、難ずることでもないだろう。
で内容だが、あまり好きになれないとか最初から断定してしまったが、そのことをもういちど考えてみるに、「今」を取り入れるという点でたとえば、阿部和重のような作家との差はいったいなんなのか。考えてみるに、とかおおげさに構えてしまったが、しごく単純なことだが、より深いところで流れをキャッチしているか、表面的な現象だけを取り入れてるかの差かもしれない。
たとえばこの小説に出てくる主人公の一人相撲と表現するほかないようなしょうもない幼稚さ、なんか始終あわてているかのような、クールさの無さは、どうしても私には今を映しているようには感じられない。だから、シェアハウスというような「今」と登場人物が遊離してしまって、前者が表層的なものとしてしか感じられず、悪い印象を残してしまう。後半のほうでこの主人公が、「お金にとらわれず豊かな生活を、とか言っている割には、こまごまとした出費を気にしているじゃない」というような意味のことを人に指摘されて、いまさら「あっ」とか黙ってしまうところなんか全く特にそれをしめしていて、日々の出費を気にすることと、カネのためにやりたいことを我慢することはぜんぜん別のことであって、こんなことで何か重大なことを指摘されたふうになってしまうのって一体何なの?こいつ、と。はあ?、と。
好きなことを今続けるためには仕事三昧で会社人間みたいになってはダメで、たとえ低収入だろうとしっかり自分の時間が持てるようなものにする、上司との付き合いはなるべく拒否して会社の行事なぞにはひたすら消極的、で低収入だから浪費はしない、スーツはアオキやコナカ、弁当だって持参しちゃう、てのはなんの矛盾も無くそれなりに多くの、おもに若い層が実践していることで、そのマインドにちゃんとキャッチアップしていないから、こんなヘンなものになってしまうのではないか。だから繰り返しになるが、人物がこんなのだから、シェアハウスというのが表層的なものにしか感じられないのだ。
主人公がなぜ仕事をやめることになったかのいきさつをもっと深耕して描くべきではなかったか、と思ったりもする。この小説では、そこが抽象的な表現でぼかされている。医者に通ったり、複数の上司とあれこれしたりという、ありそうなことがあまりない。もっとも、この主人公が、同居している男性、あるいは自身の妻とその仕事観・人生観で対立するところがハイライトで、そこを分かりやすくするために、面白くするために、こういうヘタレな主人公の造形になっているのかもしれず、主人公が会社を辞めるところを深く描いてそこで「成長」させてしまうと、このハイライトも生まれなくなってしまうのかもしれないのだが。つまりは小説そのものが変わってしまう・・・・・・。つまりは、リアリティ対面白さという例のところで、後者をとってしまっているといういつもながらの批判に帰着しちゃうんだよな。結局、アイビーハウスが主で、登場人物が従なんだ、というふうに。たとえばもうひとついうなら、主人公の妻も、これだけ主人公が悩んでいるふうなのに、なんか知らんが他人事っぷりで、これもヘンすぎる。もっともこの妻は、主人公なんかよりよほどクールで今っぽかったりはする所も少し見られるので、この妻を中心に描くか、もっと主人公と戦わせれば、もっと興味深いなにかが出てきたかもしれない。いずれにせよ、アイビーハウスが主という話にはならなくなっちゃうのだが。
ちなみにこの小説、二つのカップルが同居しているうちの片方の男と片方の女性の二つの視点から語られていて、男性の方が上記で語っている主人公なのだが、もう一人の女性についてはそれほど違和感がない。この女性は出版業に属しているのだが、それを思うと、やはり自らよりも遠い人間を描くというのは難しいのか。今思いついたのだが、もしかしたらこちらに生半可リアリティがあるからダメなのか。この小説ではわざわざ鶏の胸肉を叩いたりしてやたら料理について詳しく記述するところがあるのだが、この料理にばかり拘る男性主人公だけを主人公にして、自分の妻の内面なんかより水餃子の熱々さを気にする病的な人物とするとか。胸肉なんかわざわざ叩いたりフォークで穴開けたりする必要はないと思うが(やわくしたいなら蜂蜜+醤油か塩に丸一日つけておくだけでいい。焦げやすくはなるけど)、ともあれ小説としてはもう少し徹底する必要を感じる。
少しだけフォローしておくと、リアリティ云々でいえば以前すばるに載った同作家の作品よりは遥かに遥かにマシといえる。