『まちなか』広小路尚祈

たしか新人賞ではなく佳作デビューだったような覚えがあるのだけど、その後コンスタントに作品を発表し続けている人で、新人賞一作で終わってしまうよりも稀な感じもする。この作家はテーマ性だけでなく、文体そのものに一定の魅力というかスタイルがあることも一因なのかもしれない。そしてまたそのスタイルはもはや持ち味と言い換えてもいいくらいのもので、コンスタントに発表される作品の出来もつねに一定のレベルを保っている。関東の騎手にたとえるなら後藤浩輝あたりだろうか、といっても分からない人にはサッパリか。
ただし逆にいうなら、傑出したものがないような少し物足りないものがあるのも確かで、わたし的には『シレーヌと海老』以降、それにまさる完成度の作品に出会っていない。レッチリに例えるなら『Californication』以降、レディヘに例えるなら『OK Computer』以降ということになるのだろうが、じっさいは双方ともここ数年まったくフォローしていない。
話もどすと、この作家の特色はなんといっても軽妙な語り口で、一歩波長が合いさえすれば楽しげに読み進められる。そしてまたこの語り口がある種の必然をともなっているように思えることもある。つまりは、その語り口のおかげで深刻に思える状況もどこかシリアスさが和らいで感じるようなところがあり、ここ数年グローバリズムの嵐が吹き荒れた日本では、ともすれば地方都市の荒廃ぶりが大げさとまでは言わずともよりクローズアップされて語られがちなところ、この作家の主人公は多く地方都市にあって、そこでの生の営みを肯定的にやや鷹揚にとらえようとしていたりするのだ。
たしかによく見てみればグローバリズムの嵐などという形容がもうアレであって、日本なんて実際にはまだまだ貿易障壁で守られているところもあれば、資源の高騰も円高で抑えられ、預貯金はデフレで目増しし、100均には商品と人があふれている。この作家の態度はあながちまちがっていないのだ、と思う。
また今作のみの特徴としては、主人公が飲み屋の女性と典型的としか思えないような感じで浮気をするのだが、最初の一夜、徐々にそういう状況にはまっていくあたりの描写になかなか読ませるものがあった。歯茎から始まっていくあたりのことである。つまりはぶっちゃけ女性も欲しがるということなのだが、その欲しがり方、小出しな仕方とかには、おそらく保守的な男性のなかの何かに大きく触れるのではないだろうか。中年女性が好きな人なんかはとくに。
またその後の逢引の生活感の漂わせ方もとても上手さを感じさせるものがあった。自分はこういうことはしないけれども一歩間違えばこういうことをしていたであろう的なにおいがぷんぷん臭う。