『粉』荻世いをら

もしかしたら、これまで読んだこの人の作品では一番退屈しなかったかもしれない。
あまりポジティブな評価じゃないけど仕方がない。ぶっちゃけた話これまでの作品だって、目の付け所が面白い、気の利いた表現はそこそこあったには違いなく、ただ他の部分の退屈さが上回っていたのであって、で、この作品は後者に前者が拮抗していたかな、あるいは若干上回っていたかな、という具合。面白い表現はけっこうある。
エピソードとしてコーヒーメーカーの件のやりとりなどが大げさな出来事になっていくのは、いかにも「大企業」らしいところが出ているなと感じたり、また、そこでの相手となる上司の人の作りが全体通してなかなか面白かった。この人物を作ったことで、この小説はだいぶ救われている。彼の面白さのおかげで、倉庫に動物の絵が描いてあったりとか、主人公の前任者が職場に残していった本の題名あたりの、センスのない部分はなんとか通り抜けられる。
それでも醒めていくのが、主人公が辞めると言ったら給料が倍増といえるくらい上がってしまうあたりで、なんだやっぱりリアリズムではなく、狙いは作りばなし的面白さなのか、となっていく。
たしかに主人公が上司のあとをつけていったり、会社の業務目的が明らかになってしまったりする部分まで結果として「実験」に含まれるといった面白さ、つまり自己言及的面白さも若干ある。しかし、それだけしかない、とも言える。せっかく労働・仕事の世界を描いていながら、労働というものに対する認識が一世紀くらい古い認識でしかないのが残念だ。たとえ作者としては、そんなテーマを盛り込むつもりも、「労働」を批評するつもりも全くないにせよ、だ。
いや一世紀くらい古い認識というのは違うな。むしろ一見無意味と思えることのなかに社会的連関を見出すのは、はるか昔からされてきたのだし。ただ私が、労働を無意味さという側面で捉えるような幼稚さにガマンがならないのだろう。(ただしエミネムなら許す。)