『ゴルディータは食べて、寝て、働くだけ』吉井麿弥

レシートの内容などが挿入されていたりして、いっけん奇をてらった小説かのようだが、きびきびとした運びで物事は語られ、読者は難なくそれについていく事ができる。これだけでも相当の能力がないとできない事で、新人賞には間違いなく値すると思う。この人は次回作が間違いなくある人ではないか。
また、途中物語の筋とはそれほど関係のないところで出てくる客(性風俗の)の変わったエピソードなども、そこそこ面白く、それを言うなら、音楽スタジオで出くわす他人の演奏(曲)のわけの分からなさなんかは、これははっきり面白い。
また、配された人物も、ちょっとステロタイプ臭はあるものの、それぞれが人物としてきちんと立っている感じはある。ではなぜこの評価なのかというと、結局食って太って終わりみたいな内容の乏しさがちょっと物足りなかったか。とくにその核になる、ある特異な客のその態様がきちんと消化されているようには思えなかった。中途半端な謎っぽさがどうにもわざとらしいというか。
一方でカメレオンゲートという物理現象的な謎に関しては賛否あったようだが、これに関しては私は受け入れることができた。一部の地域がなんの理由も無くなくなってしまう、と。人々がそれをパニックではなく運命として受け入れる様などは、作者として本意かどうかは分からないが、今の社会の様々なものの象徴として感じることが出来る。例えて言うなら、会社が傾いたり、親が認知になったりするというできごとなどは、間違いなく運命的に我々を陥れる、落ちたら終わりの穴のようなものとして、在る。いつどこにそれが起きるのか分からない。そして在ることが分かっていながら、それが自分の身には訪れないと、どこかで人々は思おうとしている。もっと言うなら例えば、テロ事件などもこういう様相を帯びているだろう。間違いなくどこかでおきていて、我々を暗い影で覆っているのに、出くわすことはまず無いだろうと考えている。この小説に出てくる人々も、影を感じながらも、どこか他人事のようにカメレオンゲートを扱う。
そのようななかで生きるという事はどういう事か。希望など持ちうるのか。主人公はたんに食べて、寝て、という動物的な事だけでなく二次的なことが人間を生かしているのではないか、と考える。主人公にとってバンド活動がそれだったのだが、もちろん、通俗的なマンガみたいにバンド活動などが呑気に肯定されることはない。活動はあえなく瓦解する。二次的なものだって、もはや奪われつつあるのではないか我々は、といったところなのだろう。こういう所、しつこいが、作者としてこう言われるのは本意ではないかもしれないが、今を生ききちんと感じ取れる人の小説であることは確かと思える。