『空腹のヴィーナス』法月ゆり

よく知らない作家で、しかも海外に暮らす日本人の話だから、また『すばる』らしい類のものかとかなり警戒して読んだが、丹念な心理描写がみられる小説で、わりと好感がもてた。ただ、ところどころ幾度か読み返さないと分かりづらい箇所もある。
911事件を振り返るあたりの描写はやや感傷的な感じが見られるものの、エレベーターのなかでの人との繋がりの感覚など説得力があった。いくら享楽的だのなんだのと第三世界の人々にいわれようと、アメリカに住んでいる人々にも日々繰り返される生活というものはあって、その面では相対的だというのは否定できないと思う。そして、そんな日々はただ流れ続けるだけのようにみえて、それでも、あの繋がりの感覚を失って、はたして続くものなのかどうか。
ほかには、主人公の人生が、父母の直系ではなく、おじおば、あるいは甥などとの関係が中心となってるのが興味深い。認知症のおばとの会話も、現実のそれに近いところにあると思わせるリアルさだ。しかしそれがなぜなのかはよく分からない。もっと多くの人と繋がる可能性を考えてのことか?ここもモチーフのひとつとして前面に出せば面白かったかもしれない。作者は出しているつもりなのかもしれないが。