『関誠』松波太郎

『なずな』が連載終了したら買うのを止めようかなと感じていた矢先に矢作俊彦が連載しだした「すばる」。つまり、それくらい”これだ求めていたのは”という読切がなかったわけだが、これは面白かったな。久々に小説読んでて、吹き出した。吹き出すまでしたのは一箇所だけなんだけど。
その一箇所どこかというと、テレビのなかで主要登場人物二人の目があってしまう所。テレビのなかで目が合うってどういうこと?と、疑問に思われた人でかつその疑問を解きたいと思う人は、買えとは言わないけど、そんな長い作品でもないので図書館あたりで読んで見てもいいかも。流石に発売中のもの、そこまでネタばらしはしない。
まあ私と同じところに嵌らなくても、ここに出てくる「関誠」という人物の言動はあちこちで小ネタ的に面白く、退屈ということがない。この作家は、なかなか愛すべき特徴をもった人物を生み出すものだ、と感心する。あの、サッカーチームの女性顧問もしっかり記憶されている。そういえば、前作での「サス聴き放題」の「サス」の意味に、この作品でやっとこ気付いた次第。
ところでそういう「面白さ」から離れたところでいうと、主人公は、学卒して就職した所を辞めた人間なのだが、あーまたプータロ小説かと思われるかもしれない。しかしこの小説には、なかなか分かるなあという所があって、主人公は、全く別の仕事に付けば滅茶苦茶アマチュアになってしまうのだが、上司がどんなトンデモでもペコペコとしないといけないのはもちろん、しかし我々はけっこうそのペコペコをそれほどの忸怩もなくこなしてしまったりする。これが仕事って奴の不思議さであって、頭の中で描いたプータロー小説なんかだと、けっこうそこでの忸怩や軋轢が内省ネタ(ここでこんな事をしている私は、等々)になったりするのだが。
それと、初めての仕事に対してやたらと不安に思ってしまうのも良く分かる。慣れてしまえばどうという事はないのだが、それを「先輩」が苦も無く普通にこなしていることが全く持って不思議に思えてくるものだ。そして、先輩というもの、しばしば、必要以上に教えなかったりして、たんに無神経なだけの人という場合もあるけど、そのようにして権力を誇示したがったりするのが人間でもあったりする。
つまりは、読み人によってはふざけているように見えるかもしれない作品だけど、それはサービス精神の現れであって、きちんと、人間というもの、に迫っている、そして私の判断によれば届いている作品なのだ。
ほかには、いきなり某有名チェーン古書店に、それほど親しく無さそうな男二人が訪れるという叙述からスタートするのもなかなか面白いと思った。ツカミが良い、ということ。で、この二人はいったい何なのというのが徐々に明かされていく。