『虫王伝』奥泉光

『すばる』でたまに見かけるジャズもの、というか、変態(姿を変える)サックス奏者もの、のひとつ。最初の頃はたしかイモナベとかいう人が主人公じゃなかったか。
じつになんか独特の文体である。ちょっと軽薄な感じがしないでもない、また、統一感のないテキトーで荒れた感じもする、口語的な部分をあちこち散りばめたような、それでいて書き言葉な文体なのだ。むろん作家たるもの、なかでも優れた書き手である奥泉氏であるからには、ひとつひとつ計算して書いているわけなのだが。それを読んでいるだけで、他にはまず見られない文体だけに楽しい。ザムザや巨大な虫の目撃場所の羅列も面白い。狛江の市民プールの底って。
イモナベの頃は、奇特なサックス奏者が世と隔絶するだけのような感じだったのが、いよいよ黒光りする巨大な虫となって人間界に現れる(現れるといってもゴジラのようにではなくあくまで隠遁者めいているけど)というこの変遷は、ここ数年の世の希望の無さの進行ぶりが反映しているように思えなくもない。黒い虫がただ東京タワーみたいなツリーに止まっているなんて、それだけで拒絶の意思みたいなものを強烈に感じさせる。