『週末の葬儀』田中慎弥

やっと、延々としゃべり続けるとかそういうギミックな要素のない普通に読める田中慎弥の小説だった。今回は短文を中心に組み立てられ、再就職を頼みに人に会ったりとかの前半では巧みといっても良いくらいのもので、矜持を持ちつつもダークな主人公の雰囲気は良く出ていたと思う。
が、それにしても読み終わってまず感じたのは、長いなあ、という事。これだけの出来事とテーマでこれだけ引っ張られると流石に飽きが来る。とくに最後の方でのあり得ない妄想とかしつこい。
で、妄想もそうだが、バスの背中に突き指をしてしまうあたりから、主人公の気持ちがよく分からなくなってくる。どうもなんか文章自体は明瞭なんだけど、うまく掴めない、というか、主人公にほとんど同化できずに読みながら立ち止まってしまう、そういう文章がでてくる。例えば、家族が殺される場面が想像できないから離婚になったのだろうか、とか主人公が内省したりするのだが、いやそれ関係ないだろうなあ、とかなってしまうし、またその後で、想像できなかったから家族を刺した男の事も許せないとは感じられないとかの内省に対しては、なんで感じることがそんな論理に引っ張られるの?逆じゃないの、とか思ってしまってついていけない。
となると途中から主人公の男が少しおかしくなってるのもあって、ついていけなくなってるのか、一見妄想に見える部分以外もおかしくなっているのか、と思うけど、その契機が私にはうまく見つからず、少なくとも地の文では主人公の内面はずっとシームレスに安定しているように見える。飲んだ後も、息子の自分への同情が自分の自殺を進める重しとなる、とか、まともな思考も見えたりする。
その一方で会話の部分になるとイヌを飼う隣人がとつぜん独白を始めたり、主人公は息子にヘンな電話をしたりで唐突感が強い。
もしかすると田中慎弥はこういうギクシャク感が面白いのかなあ、と思ったりもする。少なくとも、息子との会話での主人公の台詞の、コミュニケーションが眼中にないような変な言い切り方は田中慎弥独特のものがあり、他の作家にはまず見られない。とくに何言いたいのと息子に問われて、「言おうとしてない。」は、おかしいというか面白いというか、なんかすごいよなあ。この部分だけは間違いなく読んだ後に残る。