『まずいスープ』戌井昭人

上野御徒町あたりに生きる人々の生態が生き生き描かれていて、無頼な人々が沢山出てくる所など非常に好感が持てた。また、ちょっとしたサスペンス仕立てなのもページを進ませるのに効果があったと思う。つまりディテールにおいて(南部式がどうだとかそういうところ)、津村作品と全く逆で読者の想像を超えている分楽しめるものになっている。
が不満がないわけでもない。ビリーホリデイの唄を聴いて、意味わからねえとか、どんな家族がいただろうか、とかそんな感想を主人公が抱くのだが、その距離感がよく分からない。こんな感慨を描く必要あったのだろうか。これがなくても小説として十分ではなかったか。
殺された黒人にも普通に家族がいたことなど当たり前であって、いたからどうだという事でもないだろう。黒人差別やそれに関する残酷な話などは知識としてありふれているのではないか。むしろナチス時代ユダヤ人をガス室に送っていたドイツ人に家族がいて家族サービスをいつも心がけていたことを知って「家族」を想うのならまだ分かるのだが。(これなど実際にあった話だが、意味の分からなさではこちらが数段上だ。)
このようなありふれた主題(黒人問題)から簡単に家族を想ったり比べることなどしない人間が却って、いやだからこそ?自然で強固な家族を築いているその様が面白いのではないか。ディテールは素晴らしく面白いのにテーマの部分がなんかぼやけている。