『妻の超然』絲山秋子

夫が浮気している中年夫婦の妻の日常を綴っただけなのだが、むちゃ面白い。ただの下世話な話をなんでこうも面白く書けるのか。
むかし矢作俊彦が、自分はハードボイルドっていうより登場人物のインタビューを書いてる、みたいな事を言っていた記憶があって、まさにそんな感じだろうか。登場人物が生き生きしてればそれで物語が進む、というか。
なぜ、ハードボイルドがらみの話が出たかというと、主人公が、親しくしている女性が入院したときかけつけて、そこでの会話でこんなのがあったのだ。
「りっちゃんありがとう。本当の妹みたいにしてくれて」
「嬉しい。でも、もう眠って」
この「嬉しい。でも、もう眠って」のこれ以上も以下も無いシンプルさ、これは最早ハードボイルドなんじゃないだろうか。他にもあっという間に事件を解決するバスガイドから転身した無頼派女性タクシードライバーなんかも出てきたりするし。このきびきびした会話の取り出し方に、昨今の絲山秋子の素晴らしさの一端があるような気がする。
あと浮気ダンナが携帯を大事にする下りの描写が最高だなあ。これに近い人、確実に誰の周りにもいるんじゃなかろうか。
嫌な親類の家の雑煮がまずいというのも良かった。ま、私は煮物の材料については物凄く寛容で、シチューにキュウリとか白菜くらいは平気で入れるし、カレーにじゃがいもの代わりにサツマイモを入れたりして甘すぎて不評だったりするのだが、それでもこの主人公に味方したくなるのは、これも小説マジックなんだろうな。