『欅の部屋』青山七恵

今まで読んだ青山作品のなかでは一番の好印象。これは何か良かったな。男性を主人公にしたから良かったのだろうか。というか、この主人公の元恋人のような頑なな、ちょっと不思議なところのある女性というのは、男性視点からみた女性像にありがちで、男性作家の作品にはよくこんな人物が出てくる。これを女性作家が書いたというのが力量の違いなんだろうか。そしてこの男性主人公は、男性作家の作品によく見られるような「どこにでもいる普通の人=ニュートラルな僕」ではなく、それなりにヒトクセある人物(なんでもじっと見たりとか)ともなっている。ここも違う。
内容はというと、きょうび女性化した現代男性にもあるのだろうマリッジブルーを描いた作品とひとことで片付けてしまう人もいるだろうが、まだなぜか元恋人が同じマンションに暮らしていて、その理由は謎なんだけども、こういうディテールが作品を単純なものにしていない。ゴミ捨て場で出会うシーンなども、ごくありそうな光景として描かれているし、ラストシーンで自分の空の部屋、そして元恋人の部屋をじっとみてしまうあたりもじつに上手い。
結婚相手が元恋人の面影を持っていると主人公が感じてしまうあたりは、自分にそんな体験がないながらもどきりとさせるものがあり、こういうふうに追体験でなく、体験したことがなくとも体験したかのような感じを出せるのはやはり小説マジックであり、青山すごいな。それにしても小説の内容には関係ないが、私の場合付き合った女性に対して、前の女性の面影を感じるような事が全くないのは何故なのだろう。本格的に付き合った女性なんか片手にも満たないだろうと言われればそれまでだが、職場などでちょっと知り合った女性にも「ああ似てる」という感触を抱いたことがない。というか覚えがないだけなのかも。そしてもしかしたら、根本的に女性をそんなに細かく見ていないのかもしれない。