『溶けない』藤野可織

これも受賞第一作だが、文學界新人賞ということで扱いが小さい。そこそこ間が空いたイメージだが、第一作を発表できない人もいるかもしれないと考えれば、まずは良かったというべきか。
とはいえ、こういう妄想系は余り私の得意でない分野。しかも先日読んだ田中慎弥の作品と違って、他者と妄想を共有しているかのようであり、描かれているのがどこまで現実なのかそうでないのかが曖昧で、尚更不得意。
それは日本の純文学が私小説中心という事に私も毒されているからだ、という面は否定できないが、現実にありえない事を純文学で表現するにはかなりの力量が必要と思う。例えば夢に見た話を他人からされてもあんまり面白くないように。そしてもうひとつ言うと、その妄想がなんらかの意味を明らかに帯びてしまっていても興が冷める。一義的な意味付けを嫌うからこそ皆文学やってるわけで。
この小説に出てくる妄想は、たんに幼い頃繰り返された事がそのまま具現化されただけで、分析や解釈を迫られない分興醒めしない。ただ、力量の面でいうと、文章は非常に端正で読みやすくて良いのだが、もう少しエンタテインメントであって欲しい、と思う。これは新人賞の人にたいして欲張り過ぎなんだろうか。私小説を嫌い冒険しているのだから良いとすべきか。
というのはこの小説、テーマといえばよくある母娘の葛藤くらいしか読むことができないわけで、主人公が自殺を止めてしまった少女や、賃貸収入で暮らす大家、仲が良いんだか悪いんだかの恋人など、語らせ方によっては面白くなりそうなキャラの背景を殆ど描いていないので、小説全体を妄想で膨らますのなら、少しは読む者がもっと楽しめるように膨らませて欲しいのだ。
あまり余計なことを盛り込むのは良くないというなら、せめて幼い日、母親が消えたことに関しては、もう少し何か重大な訳があるというふうに引っ張るとか、読者をページをめくらせるものが欲しかった。それに「溶けない」と題名で語る割には、妄想が妄想で閉じている感じが強く、裂け目みたいなものの存在感が希薄だ。
私小説的なものでつまらないと救いようも無く感じるが、冒険してくれた作品は1作だけでは切り捨てられない。この作者の、こういう作風でない作品をできたら読んでみたい。