『第二シーズン』楠見朋彦

私が信頼している数少ない男性作家である楠見朋彦の作品は、前作(母の記念日)とよく似たテイストの作品で、ごくありふれた人々の生活を描く真っ当なリアリズム小説。今回の作品は女性のキャラクターが多少典型的な感じはするが、楠見の描く男性はやはりリアリティがある。自らの性にたいする距離感が適度にあり、自然体に中性的なのだ。
今作においても、主人公は好きなDVDを見ることを優先してみたりという男性的なわがままを見せ、妻とのコミュニケーションが断絶しかかったりするのだが、どこか弱弱しい。たとえば妻との対立も、男対女ではなく、女対女とでもいうかのようなのだ。家でテレビを見るか出かけるかの対立より、どのチャンネルを見るかで対立していると言ったらよいか。
それを示すかのように、このふたりはチャットでコミュニケーションを維持したりする。文字言語では性的なものは余計に薄まる。
繰り返しになるがこの小説のそういう所はとてもリアリティがあり、つまりは今の現実もこんなふうな感じであることが多いと考えているのだが、それは、女性も世界観を前面に出すようになった以上に、男性が男性らしさを放棄してきているのではないか、とか勝手に考えている。そしてそれはとても正しいことだ、とも。(だからついでにいうと、中山智幸とか中村文則作品にでてくるような男性にはからっきし感情移入できない。)
結局、色々思慮を重ね、意図して第二シーズンに移行しようとしたのだが、非日常的な出来事によってそれが無くなる。そして非日常な出来事に「持っていかれる」ことによってより自然とこの夫婦は第二シーズンに移行するのだが、その一連のできごとの流れの描写も説得力がある。転居を試みるのだが、遠くの街でなく近くの、以前より少しだけ安いマンションという所が非常に良かった。そう簡単にわれわれは現代的な生活を捨てて、昔のより「現実的な」生活には移行できないのだ。現代の都会的な暮らしにどうしようもない空虚さを感じていたとしても、それはそれでこの暮らしも根は強固なのだ、と思う。