『神器―浪漫的な航海の記録―』奥泉光

以前の奥泉作品に見られるシリアスさが少し後退しているような気がしないでもない。とくに戦場の非人間性の描写を期待した向きには若干期待はずれだったかも。暴力の具体的な痛さや、なんともいえないその暴力の場面の非日常な空気が、以前ほど切迫したものとして伝わっていない。慣れてしまったのだろうか。
面白く読んではいるが、過去の奥泉作品の焼き直し的側面がやや目立っていて、奥泉氏の目指しているであろうエンターテインメントに目配せした純文学というのがまるでもう定型化してしまっているかのようだ。もはや完成してしまったという事なのだろうか。たしかにそう言われても返せないくらいのハイクオリティなものを奥泉光は送りだしてきたとは思うけれども、心境としてはやや複雑。