『願』安斎あざみ

言問橋だの吾妻橋だの隅田川界隈での散歩がメインの話で、あのへんの空気になじみがあるんで楽しめてしまったが、知らない人にとってはどうなんだろう。下町っぽさと下層生活現場っぽさの同居する、なんともいえない「変わらない」「取り残された」感じは、非常によく描写されていたのだが。
主人公老人の、子育てや家事や、ようするに何事にも斜めになってしまういわゆる江戸っ子っぽさも良く描けていたと思う。それは必ずしも、幼少期に妹を助けなかったことのトラウマだけじゃないのではないか。そして、それは、一所懸命生きることの拒否ではあるけれども、必ずしも良く生きることまでは拒否してないんだよね。熱さは失っていない。
そのことが、たまたま散歩で出会っただけの猫を助けようとしてしまうのに思わず出てしまう、というのも対比として面白かった。ちょっぴり深くて、なかなか味のある話。
前に感想を書いた前田司郎の作品とくらべて、トラウマが前面に出ていない描写の仕方も良かったのだが、登場人間を小説の中で全部説明しようとするとかえって奥行きを失うのかなあ、そのへんは良く分からない。