『歌うクジラ』村上龍

こっちは輝さんの小説と違って、どこが歌うクジラなのかさっぱり分からない内容。
物語そのものにはあまり進展はないのだけれど、それでも今月は文学らしい、現代社会への批評性を感じさせるものだった。
例えば今、不祥事があったときなど会社・団体が謝罪会見とかするのだけれど、あの見慣れた、出席した役員が揃って起立し揃って頭を下げる光景。この小説の世界ではそのような謝罪行為が禁じられたとなっているのだが、むろん、ああいう光景の醜さ、そこに漂う欺まん性を言いたいという事なのだろう。
中国系の移民たちがある政治運動が興って迫害されたときに、様々な自己犠牲を払いそれをくぐりぬけようとしたという内容などは、ストレートには文革を連想させるのだが(このリーダーなどトウ小平ぽい)、他にも遠からず当てはまるような歴史的出来事は多々あっただろう。
急進主義、扇動する政治家、それ以上の熱気で応える大衆、全体主義、そして少数派迫害・・・いろいろ人類が経験してきたこのような政治的な動きのなかで起った、普通では考えられないような悲惨な出来事。それらへの批評として、作者の想像力はなるほど豊かだな、と感じた。いろいろ話題作を提供してきただけあるなあ、と。
ただ今回の内容は、あまりにも物語に入り込みながら読むと、ちょっと気分の悪い描写を含む内容だった。この気分が悪くなるまでの行き過ぎも、また文学らしい。文学的経験というのは、安心して読めるというのとはやっぱ違うもんなんだろう。