『共喰い』田中慎弥

「性」に「暴力」ですか、たしかに永遠のテーマではあるけど、その扱い方はいったいいつの小説なんだよ、という感じは残る。もう返してしまったので確かめることはできないが、物語の時代は相当前のことだろから、こんなに放縦な父親がいまどきいるわけもないなどという批判は明らかに的外れとして、いまどきこんな父親を書くことの意味がピンとこない。物語そのものが面白ければそんな不満もないのだろうが、息子の彼女をヤってしまうようなとんでもなく放縦な父親が殺されるだけの話だから、いろいろ考えてしまうわけだ。「血」というのももしかしたらテーマの一つなのかもしれないが、こちらは克服したのかどうかもわからず。というか、克服するしない以前にそれを突き詰めるほどの内面がそもそも足りない感じで、高校生という主人公の設定にもかかわらず、終始主人公が中学生のような感触で気がつくと読んでいる。母親については何かを克服したっぽいけれども。
結論的に言うと、一般公衆道徳を向こうに回すようにして「性」や「暴力」を扱い、そのななから新たな倫理をつかもうとする・・・・・・みたいな昔からある、ある種の純文学の範疇にある作品ということで、そういうことでいえば、石原慎太郎あたりはこの作品けっこう評価してもおかしくないとは思うが、芥川賞の選評には興味ないし、文芸春秋という雑誌は買ったことも買う気もないし、滅多に本屋にも最近は行かないので立ち読みもしないから分からない。
ウナギの象徴化もなんか古臭いなあ。そういえば大昔の夕刊紙かスポーツ紙かなんかで、男根を魚でいつも書いてるマンガなかったっけ?
もっともそのウナギを釣る場面の描写や、出来事の起こる地帯の隔絶とした感じが出ている描写には力があって、喚起力が充分にあるし、主人公の実の母親の義手も迫力がある。ひとつの味わいのある世界はまちがいなく現出していると思う。これが一般受けするような内容だったら、映画化したいという映画人が現れてもおかしくない。
私がもっとも楽しんだところといえば、田中慎弥らしい、この人しか書かないような、論理の飛躍というか連結が見られるところなのだが、今作はそれも少なめだし、金出してまでして楽しみたいというほどの楽しみでもない。また、そもそも釣りに関しても子供の頃のトラウマがあって思春期以降はまったく手を出してない所でもあるし。