『文學界』 2011.1 読切作品

実は文芸誌で今いちばん好きな連載は角田光代さんの「新潮」のやつで、これだけは今まで連載した分のあと4倍くらいは続いて欲しいと思っているのですが、さてどうでしょうか。マザーズは終わってしまいましたし。
で、今詰まらないので読むの止めようか迷っているのが、「文學界」の『モンフォーコンの鼠』。いっときは面白く感じたりもしたんだけれど、ここ数ヶ月すっかり動きが止まってしまった感じで。
それにしても最近の「新潮」の紀尾井町方面に於ける躍進振りは一体何なんでしょうか。ダブル受賞ですから厳密には連続4回ではないですけど、磯崎さんからずっと連続してませんか?それに比べて新人賞の受賞作がいきなり単行本になったりするほうの出版社は振るわないですね。磯崎さんなんか、もともと文藝の人だったのに。盗作騒ぎがけちのつけ始めにならなきゃ良いんですが。まあ、いらぬ心配というか、それなりにノミネートは前回などされているようですからめぐり合わせでしょうね。
とかいいつつ、実のところここ数回の文藝賞読んでいないし、写真家の荒木が表紙になったあたりから目次のチェックすらしてなかったりなのですが。(まあ、出版社にも色々なカラーがあったほうが良いのは確かだし、新潮にも視覚芸術方面の人が多数書いてますけど、流石にトップはないよなあ。)


ところで、無縁社会の話の続きですが、先日NHKで例によって一連の特集の締めとして、有識者が集まって話し合う番組なんとなくつけてしまったのですが、ある人が出演しているのをみて速攻で消しました。危ない危ない。声聴くとこでした。
なんで、朝日系とかちょいリベな人達って彼が好きなんでしょうか?怒れる若者の代弁者とでも思ってるのかしらん。
そうやって怒れる若者の声に優しく擦り寄って耳を傾けようとする中高年こそ昔からロクなもんじゃねえというか。それだけ余裕があるというか。敵じゃねえか、というか。


あ、あくまで話の流れでこんなふうになってしまっただけで、この号に載ってる鶴見俊輔のことではありませんよ。88歳にもなれば何語ってもいいじゃないですか。
しかし三島や江藤が自殺して、吉本とか鶴見が安穏と長生きしているのみると、世の中いくら右傾化いわれても結局はリベラルな理念のほうが徐々に実現されているんでしょうねー。


さてさて「文學界」は借りて読んだのでつまみ食いです。