『詩人調査』松本圭二

期待以上に面白かったなあ。単なる独白じゃなくて、宇宙人と対話するっていう虚構は賛否両論かもしれないけど、退屈さを回避するという意味で評価したいし、これを単なる独白にしたら重たくなりすぎちゃうし。
いや対話にしたからこそ面白いんだよね。そこで自分を対象化して見る視点がでてくるから、それが上手い具合にユーモアに繋がっている。とくに過去の爆弾だの地下活動だの云々が語られだすまでは抜群に面白い。臍から臭いがするとかね。かいでみますか、失神しますよ、とか。UMAがNUMAに行き着いた、駄洒落じゃありませんよ、必死ですよ、とか。このへんの語り口は、松本氏自身が詩人であることも関係しているのか、語りとして実に生き生きとしている。詩人としてというよりまず「中年」としてリアリティがある。軽妙で自分を馬鹿にして諦めているようでありながら、ある部分については偏執的な真剣さが残っていたりして、ああ中年ってこういうもんだよな、と。たとえば川上弘美あたりの小説には絶対出てこないだろうけど、こういうもんだよな、と思ってしまうのだ。この汚さが書けるか書けないか、はけっこう大きいと思う。「詩」というと普通の人は綺麗なイメージを浮かべるけど。真実を掴むような詩は時として汚さを内包するんだろう。
あと世間を攻撃しているところ、タバコが駄目になり酒が駄目になりどうすりゃいいんだボケ、とか、生活保護で酒飲むなってなんだその不寛容さはしかも責任を取らないような言い方しやがって、とか、このへんは、文学者にありがちなベタな怒りで、それをこのまま書いちゃうのはどうかと思う部分もあるけど、例えベタといわれても、言ってることは私にとっては正しいし、共感せざるを得ない。それこそオウムによって信仰も閉じられた現在、正しくないと不安つーのは分からないではないけど、お前だけ自分だけ正しければいいじゃん、なんで他人にまで求めようとするの?というのは確かにある。お前が迷惑されたワケでもないのに、電車のなかで迷惑行為を目撃したら電鉄会社に匿名で意見したり、とか、そういうやーな感じ。TVがいつの間にか撮りたいものを撮れなくなった、というのも考えさせられたな。正直、私も、づかづかと例えば犯罪被害者にインタヴューする記者とか見ると、ちょっと嫌な気持ちになってしまうものね。ま、ネットに多く見られるアンチTVの人たちみたいに、新聞とかTVとか業界への嫉妬みたいなものは無いつもりなんだけれども。
と良い所を書いてはきたが、この小説の核となる物語については、好き嫌いが分かれるだろうなあ。何しろ、タクシードライバーだもんなあ。それに道庁爆破に、浅間山荘。東アジア反日武装戦線、サソリ、大地の豚、いや狼だったけ?の世界ですよ。『リゾーム』とかも出てくるし、いかにも典型的な半知識人青年そのまんまなんだよなあ。
あの時代へのオブセッションを例えベタと言われようとそれが自分の核なのだから、正直に書き付けていく。それは、小説家の態度として否定できないとは思う。しかし退屈な日常を生きろとかそんなふうな事を誰か言ったように記憶しているけど、物語を求めたら負けというのが今なのであって、あの時代の「革命」だって、それが、例えマルクスを読んでないノンセクトのものだからとはいえ、今や死滅した物語と思ってしまうんだよね。作者は、分かりやすい物語に回収されるのが嫌だとは書いているけど、今30代前半以下の人がこれを読んだら、ああ昔は若者が信じることができる物語のある幸福な時代だったんだよな、と思っちゃうのではないか。タクシードライバーも、やっぱ今見るとのどかな感じがしてしまうよ。ジョディフォスターもまだそれほど綺麗とはいえない感じだし。
色々書いたがしかし、今後も応援したい。冷めないたこ焼きとかも面白かったし、ラインズマンとか、自己憐憫もここまで考えられてると嫌味もなく面白いものだ。