『東京借景』荻世いをら

群像の鼎談で取り上げられていたので読んだが、時間の無駄だった。ほとんど新人という人でなければ[紙の無駄]としたい所。
しかし今さら東京に憧れて出てきて挫折する若者の話なんか読まされると思わなかったよ。とほほ。この小説、へんな熱血先生と、とくにリズミカルでもない工夫された長文の言い回しを除けば、何も残らないってかんじ。
言い換えれば、テーマが陳腐なぶん、その手の工夫をしなければ小説として成り立たなかったんだろう。読みづらいだけで、かえって印象悪く、そんな工夫はいらないから!と悲鳴を上げそうになる。
また肝心の題名も少しオカシイ。どこが「借景」なのか。たんに風景が重なって見えたり似てたりするのを借景というのは変であって、東京(イナカ)の風景を部分的に背景として借りて全体の風景とするのでなければ。そんな、風景が組み合わさるというようなシーンはひとつも見られなかったのだが、浅く読みすぎか。