『実験動物』間宮緑

怪物(実験動物)とそれを作った人物、それだけしか登場してこないのにこれだけの作品に仕上げて、一応最後まで読ませたという事に敬意を表して[オモロない]にはしなかったが、面白い作品とはいえなかった。最初の方に出てくる、この怪物の食事の作法と人間の食事の作法を比べたあたりは、たしかに人間の食い方はひどく醜い面があるよなあ、と納得させるものがあって面白かったし、納得させるということは、作者に充分な技量があるということだろう。
そう。作者の技量的にはあまり問題はないと思われる。ようするに私の肌には、こういう作品は合わないという事なのだきっと。どうも、モノローグ的な広がりのない作品は苦手である。
怪物を作り上げてそれが自我を持っている設定なわけだが、当然それは作成者の自我の反映であり、いわばもう一人の自分との対話といく側面があって、しかしそれがことごとく反発し、作成者を追い詰めていく。職業を大学の研究者にしたところが良くて、いかにも研究者らしい狂気が表現されていると感じるものはあった。作成者の内なる狂気が、この怪物に反映したということなのだろう。また、追い詰められる一方ではなく、ときにこの怪物が弱気になったりして緊張感があるのは面白かったし、会話のなかで、「畜生!」が「菌類め!」となるのもいい。
が、最後のほうになって、言語だの慣習だのの高尚な話になって、ちょっと興ざめしてしまった。この程度の言語論みたいなものならば、ウィトゲンシュタインとかその周辺あたりの哲学(の解説書)あたりを読んでいた方が刺激的なんだよなあ。文学には、哲学なんかに負けて欲しくないんだよね。
こういう文学作品は我々の生活を相対化させるだけで充分であって、あまり思弁的で無いほうが良いと思うのだが。なんか怪物が発する食に関する話が、いつのまにかやたら論理で責めるような思弁になってしまっていて、でこの怪物がそのように論理的になるいっぽうで、作成者の狂気が増せばいくらか面白かったのだが、それもなく終わってしまう。