『月食の日』木村紅美

なかなか印象に残る佳作。前作を低評価してしまった私であるが、今作は悪くない。視覚障害者を主人公(のひとり)に持ってきたことで、我々とはアプリオリに違うゆえにリアリティを余り云々しないで済んだせいだろうか。
「主人公(のひとり)」とは書いたが、視覚障害者の人が印象に残るだけであって、実際には誰が主人公だか全く分からないくらい主観が移動し、誰にも重点がないといって良いくらいの分量でそれぞれの内面が記述される。でありながら、読み難さは殆ど無い。
というよりむしろ、視覚障害の人と友人の主婦、友人と会社の同僚それぞれの間の関係のその後が気になってしまうくらいであり、という事はキャラとして充分生きているわけで、木村紅美はこういう工夫をしながら物語としても読ませる、けっこう力のある作家であるという事になる。
ただし、ゴリゴリの純文学でどうか、というのはある。主婦が料理にことごとく失敗してみたり、同僚のメールの遠慮のない文面といい、ちょっと戯画的な所はあるし、倦怠期の夫の妻への感情とか、障害者への健常者の感情とかはありきたりなものとなってしまっている。ヒネリというか屈折感を欠いているのだ。どうも徹底して「個」にあることを通過していない気配がする。
そういう意味では、文學界などよりも藤野千夜とか桐野夏生あたりが活躍しそうな媒体の方が、少なくとも内容的にはあっているような気がする。ああいう所では継続的に書くだけの能力が必要だろうが、逆にこの作品のように主観とポンポン移転させるような工夫もしなくて済むのではないか。何年かあとには木村氏はすごく稼げる作家になっていたりは、・・・しないのかな。よく分からん。
ともあれ、バリ島での光景とか、美術についての話とか、視覚障害者を主体においたおかげで、見えないところからそれらが再記述されることにより、我々にとってもより魅力的にバリやダリを感じさせるものとなっていて、読後感の良い小説ではあった。こういうのを反則といってしまうのも大人気ないだろう。


『群像』から