『左の夢』金原ひとみ

コンスタントに作品を発表しつづける金原ひとみだが、それによって質が落ちるという気配すらない。またすごい小説を読んでしまった、という気分だ。
今作は男性一人称小説でありながら、圧倒的なリアリティ。思わず自分のバカかりしあの頃を省みざるを得なくなる。そして懐かしく回想するのではなく、あの頃のあの瞬間の悲しみや痛みがまた再現されそうになってしまうのだ。
純文学で、内省のあまり深くない非インテリを主人公に一人称小説を書くというのは、けっこう難しいものだと想像するのだけど、今作は全く小説として成り立っているように思える。単純な思い・内省であろうと、単細胞的な行動であろうと、優れた、洗練されまた過不足のない文章で表現されれば、文学として成立するのだ。そして、ここまでの行動はとらないだろうなと思う読者さえ、いつのまにか主人公に共感してしまうようなものとなる。
それにしても、たんによくある同棲生活にすぎないのに、主人公と彼をふった女性との蜜月の月日がこれ以上はないくらいの幸せなものとして胸に迫ってくる。まったくなんて表現力だ、と思う。
主人公の男性を捨て去るだけの女性の恋の必然性は感じることはできなかったが、それはきっと、この蜜月の幸せの描写があまりにも説得力があるからなのだろう。



以下、たまにはエッセイなど