『空で歌う』中山智幸

当たり前かもしれないけど、中山氏、前作からまったく進歩していない。
相変わらず主人公が性格悪そう。悪そうっていうか、今回なんか厳密にいえば犯罪犯してるんだけど。しかも、まったく共感を呼ばないような内容の。
ワールドイズマインみたいな善悪を超越した悪漢人物を、意図して形成しているのならば文学的な面白みも生ずるのだが、どうも中山作品はそんなわけでなくて、意図せずに性格が悪くなってるようにしかみえない。つまり筆力の無さによって。
例えば、ポツポツと配される比喩がまったくピンと来ない。これを独特の感性と言うべきなのか。せいぜい3つに1つくらいは、旨い言い方だなと唸らせてくれれば、そんな事も言えるのだが。とにかく才気を感じない。憶えている中でいうと船がゆっくり湾で向きを変えるとこの比喩なんか幼稚っぽかったなあ。
リアリズム系だけに、性格のチグハグさも気になって、敬語を引きずるような人間が、いくら酔った勢いとはいえ嘘までつき、あんな事するか、とか。部屋に電話番号があったからといっていちいち電話するのか、とか。あれだけ人間として恥ずかしい事をしておきながら、その人間の前で、相手の誕生日を祝う気になったりするだろうか、とか。
こういうふうに主人公のタチの悪さが目立つと、兄など少しも変人っぽくなくなってくるのも問題だろう。
さっきも書いたが、これが意図されたタチの悪さではなく、変人ではなく、共感をもって描かれる弟が、ありのままに自然体としてタチが悪くなってしまっている事がヒドイ。
そしてこの、主人公本人も自分がマトモと思ってるかのような描き方、そして距離感の無さは、作者自身もこれがマトモと考えているかのような疑いが生まれ、つまり作者自身の倫理性すら疑われかねない。そうすると読む気も失われる。
そこまで酷くはなかったが、片山恭一という名前を思いだしたことも付け加えておく。