『空に唄う』白岩玄

いやしかしこの小説を最後まで読んだ自分を誉めてやりたい気もするが、かなり心が沈んだのは確かだ。どんな風にかというと、(こんな小説ばかりになったらどうしよう・・・)というふうに。
正確には[評価不能]とすべきなのかもしれない。また、これが載ってるのが『文藝』でなければ、[紙の無駄]にすべきなのだろう。
だってこれ、ケータイ小説だよね。こんな異常事態が発生すれば、ふつうなら気が触れて、暫くは日常生活などとうてい出来ようもないだろう。その有様を文字に綴ることすら難しい筈だ。それなのになんかエロ感情や恋愛感情が発生したりしてるし、女の子はいつのまにか主人公にタメ口きいたりしてるし、坊さんなのに成仏しない事象に対して何の逡巡もないし(高村薫の壮絶な坊さん小説との差!)。エロ感情なんて、こういう異常事態ではぜったい惹起してこないからね。ついでにお母さんもなんか息子の異常に鈍感すぎるし。
いやいやこんな文句は言ってはならないのだ。例えば、ジャズ評論家がいきなりテクノミュージックを渡されても論評しようがない、ということ。まさか文芸誌でこういうものを読むとは思わなかったが、『文藝』の読者のなかにはこれを面白いと思う人も沢山いるのだろう。だから私は作者に悪意を持たない。関係のないジャンルで誰が何をやろうと文句を言う方が間違っている。
ひとつだけ文句を言うとすれば、純文学に色目を使うのは止めて欲しいということ。これだけ通俗小説然としちゃったんだから、女の子が途中姿を消してどこへ行ってたか、とか、手紙の内容とかを明らかにしないのは、思わせぶりにしかならない。だってこうなってみれば、読者としては人間なんかには興味がなくて物語を楽しみたくなるのだから。読者は、書かれていないことをあれこれ想像して人間のリアルを感じようとするよりは、物語の詳細を知りたいと思うだろうから。
ところどころ、面白く感じられる言い回しもあって、文章自体決して下手ではない。むしろもっと全体をシェイプすれば、上手いとすらいえるのかもしれない。情景も比較的浮かびやすく書けている。物語を紡ぐのも立派な才能だし、前作から間隔があいたみたいだが、是非頑張って欲しい。希望としては私の関係のないところで、という事になってしまうが。