『巣の人』朝比奈あすか

それほど期待しているわけではないが一応すばるを買ったのはこの人の名前があったからでもあった。
で結果、ここまで書ける人なんだ、と驚いた。今までの朝比奈作品はむしろ等身大の女性−自らと同年代(+アルファ)が主人公だったのだが、今回は初老の主婦である。けっこう年齢は離れている筈だ。それでも、描かれたその初老の女性の心中に万全のリアリティを感じるとまで誉めはしないが、破綻はなくしっかりとした作品になっている。
ペットが話を云々出てきたときは、ついに朝比奈も非リアリズムと身構えたが、まったくそんな事はなく現実によくありそうな話であった。そのペットと生きる様も、動物病院での様子などひとつの話の傍流として面白い。
細かい所をあげるなら、夫の寡黙さ無関心などは小説的によくある設定としても、娘が同じ女の子だというのに性格がまるで違ったり、片方の娘が結婚しようとしている不倫相手が想定外に若かったりはきはきしていたり、というのは小説的ではなく現実としてリアリティがある。飼いはじめたネコを最初のうちは主人も可愛がったというのもいい。こういう現実感(←あえてリアリティとは書かない)がしっかりある所は、朝比奈作品を、安心して読める純文学足らしめている重要な要素だ。
そして今回はオチが良かった。最後に来て主人公は我を通そうとするのだが、純文学作品として良かったかどうかは知らないので、好き、とでもしておくか。こういうカタルシスはむしろ現実で発生させることは難しいので、だからこそ文学作品としてはあってよいと私は思う。小説はやはり現実をただ上手く切り取るだけではつまらないものだ。