『決壊』平野啓一郎

あれだけ『決壊』を面白い面白い言っておきながら、なぜか平野ファンという方向に行ってない私は、最近出た対談本も評論本も持ってないし、平野氏のブログもたまに覗くだけ。そんなこんなで先月号を読み終わって初めて今月号が最終回と知ったのだが、内容はというと余りに悲しい終わりで、しかしこの終わり方しかなかったというぐらい納得できる終わり方。
類似事件がフォロワーによって頻発するようだと、『ワールドイズマイン』みたいでマンガちっくになるところだが、それも抑えられて、リアリズムの緊張感を残してくれた。
印象に残っているものを思いつくまま挙げると、まず、TV番組で得意げに自説を言い怒ってみせる"解説者"や、ネットで居所を割り出し突撃する2ちゃんねらーっぽい人たちを描いた所。犯罪少年の母親に粘着する所など、まあ、実際はここまでやる人はいないかもしれないが、リアリティはあって、つまり何とも嫌な社会になったなあ、と読みながら思ったものである。
ネット社会というかメディア発達社会というか、シロウト達の時代というか、昨今目立つようになったこの種の醜さをきっちり抑えてくれた。"今"を描くとしたら先ず入れなくてはならない部分であり、平野氏の守備範囲というか見識の広さを物語るものだが、恐らく平野氏もこういう現象に悪意を抱いているに違いないと思う。そして悪意を抱いていながら、エリートの側が負けていくという形にもっていくことで、同時に、今のそういう風潮を追認せざるをえない諦めもまた抱いているのではないか。殺された弟の未亡人は犯罪被害者の会みたいなのに参加しようとするのだが、主人公は、そういう"今"の風潮を語るようなものには、やはり興味を示さないし、また、ネットワーカーに粘着された母親に優しい言葉をかける老人や親戚の叔父なども描いて、微かな救いみたいなものも作品中に残すのだが、基本的には負けていくのだ。
それと取調べの描写の緊張感は凄かったと思う。自分の中でのハイライトはここだったかもしれない。ウソの自白をしてしまってそれで色々「決壊」しちゃうのではないか、とか思ったものである。
死の間際まで決して尊厳を失うことのなかった弟の振る舞いとか、最終回での主人公の世の中への長い呪詛とかも描写として心に残った。


ところでなぜここまで面白かったのか。やはり平野氏の描写のテクニックは相当なものがあって、言葉の密度がとにかく高く感じられたこと、これをまず一番にあげておく。
それから、ストーリーらしきものがあり、これからどうなるのか分からないという描き方をしてくれた事。次へ次へ、という仕掛けがちゃんとあった。
そして最後に、一回一回の分量が適量だったことも大きい。確かめていないが、他の文芸誌の連載ものより明らかに分量があり、その事により読んだという充実感が与えられ、またストーリーが記憶に残りやすかったと思う。


平野氏に大感謝したい。