『嘘つきペニス』平田俊子

すばるに載った前作が面白かったのである程度期待したのだが、ちょっと肩透かし。前々作に戻った感じである。
男に振られた中年女性がその男へ執着し続けるという話で、執着の程度は前々作には及ばないものの、ある程度しつこい。ただ、そのしつこさの核となる動機と言うか欲望について、いまいち説得力を欠いている。どうしてそこまで想う、の部分が弱いのだ。当初は積極的でなかった側のほうがえてして相手に執着してしまうという逆説は、ありがちでありながら面白いと思うのだけど、この主人公のこういう感性であれば、あきらめも早そうな気がしないでもない。
また今作は、振られたことで自己を見つめなおし、"自然とともにある自分"を見出して着地していく、という純文学の典型っぽさが増している。
細かいところでは、同性同名の女性同士の会話の、ちょっと気の利いた様があまりにも凡庸で中途半端な感じ。楽しめないばかりか、読んでいながらちょっと居心地が悪い。たとえ凡庸であっても現実の会話でこんな気の利いた風な会話をすることはあまりないはずで、これならば、実際の会話にもっと近づけた、さいしょから全く楽しめないものであったほうが良くはなかったか、と思う。
それでも、この同姓同名のふたりが出会うきっかけとなったバイト先の飲食店の女主人のちょっとした悪意などを描いていてたりする部分は、リアリティがあり、平田俊子には期待できる部分はあるなあ、と思う。よく分からないながら現実感があり統一感のあるものが、ぬっと顔を出す感じがあるのだ。こういうところは貴重だと思う。
それにくらべて、三角関係における恋敵のキャラがいまいち弱かった気がする。同姓同名の女性については、同姓同名ゆえにあえてキャラを平板にする部分はあったのかもしれないけど、この恋敵については、他人の他人性を感じてしまうちょっと微妙に嫌な部分などをもっと描いていれば面白いものになったかもしれない。
また、亀を象徴と見立てていろいろなものを連想して語るあまりにも純文学的な部分だが、どうもイメージとしてインパクトが弱いというか、主人公をあまり貫いていないような気がする。猫のイメージもちょっと中途半端だった。繰り返しになるが、どうしても男へのしつこさと両立しないのではないかという気がして、だからそんな弱いイメージでラストをしめくくるのも感心しなかった。