『ちいさな甲羅』朝比奈あすか

前作はたしか、仕事でそれなりに責任ある立場でありつつ家族の病気も抱えるOLという、共感できそうな苦悩をもった人物がが主人公だった憶えがあるんだけど、今回は専業主婦。
つい、こいつらに大した悩みなんかねえんだろうなあ、と思ってしまう人が主人公である。平日にベッドタウン近くのファミレスなんかに行ったりすると実際羨ましくてしかたがないんだが、今作の主人公の場合、夫の働いている企業も外資系の標的になるくらいの立派なものだし、その夫にオンナの影もない。そんな恵まれた環境におかれても悩みがつきないのが世の常人間の常なんだけど、ごく私的な感想なんで言わせてもらえば専業主婦の悩みというとやはりシンパシーは多少減じてしまう。それがこの小説の評価にも影響していると思う。
親子のディスコミュニケートというテーマに正面から向かおうとする朝比奈あすかの姿勢は信頼できるものだし、多少心理としてこれはどうなのという部分はあっても、文章力というか描写そのものにはブレはない。しかもリアリズムに基礎をおいているのだから澱みなく読める。前衛的なものが好きな人には分からないかもしれないが、これだけでもかなりの事だ。
ただ今回は登場人物が、たとえば、対立する親分的主婦の人にしても、いい人でありながら無関心な父親にしてもちょっと類型的な気がする。こういう人物にはしょちゅうどこかでお会いしてますなあ、という。
主人公の子供にしても純真な表情ばかりが描かれてちょっと通俗的で、なぜ噛むのかの部分など、もっと負の部分を描いたほうが厚みがでたと思う。妹もこれではただの良い人だ。あまり非常識さが出ていない。
主人公の悩みについても、子供が聞き分けのないからでなく、逆にあまりに純真すぎるがゆえに却って泥沼化してしまうという事なら面白かったが、最後がああいうふうになるのでは、ちょっと予想通りすぎるかな。
でもこのストレートさが朝比奈らしさなのかもしれない。[面白い]にはしなかったが、次も読ませていただきます。