『あなたの呼吸が止まるまで』島本理生

小学生の独白というスタイルであるが、それほど無理がない。ですます調にしたのも良い判断だと思う。
いくら今時の小学生がマセているからといって、男だの女だのをここまで対象化して語れるものだろうか、とか思ったりもするけれど、ぎりぎり許容範囲。(たとえば、十文字実香のこないだの小説のありえなさ加減と比べると雲泥の差)


まずは、よく考えられた小説だったな、というのが最初の読後感で、前半部分を読み進めることができれば、中盤からは読者を引っ張っていく力も確実にある。


父親の造形が理想化され過ぎている部分もあるが、これも小学生の独白という事から言訳はつくもの。
大人びた男子同級生や女子同級生も出てきて、彼らもまた小学生にしてはかなり大人びた印象で、中学生の高学年あたりなら結構いそうなキャラなのだが、今時の小学生はこんななのか?
とつまり私に思わせる程度には、ギリギリ納まっていてリアル感は失っていない。
ひとつ残念なのは、その仲の良い大人びた女子同級生との交歓が、予想されるほど深い所まで描いていないところ。
仲の良い男子同級生とはいろいろあるのだが、彼女との関係は割とスタティックなままで、キャラとしては彼女の方が面白いだけに少し欲求不満である。


題名からしても、この小説の大きなポイントは、児童虐待性犯罪とそれの克服にあるのだが、実際に描かれたシーンのリアルさは圧巻だと思った。
犯罪者男性の、その際の抵抗をものともしないときの表情とか。
このリアルさにしばし驚嘆し、そして思い出してみれば、例えば同じ思春期の性体験を描いた中村文則なんかこれに比べれば迫るものなどほとんど無かったな、と思う。(絲山秋子みたいなのが中村をベタボメしていたけれど、絲山程度の人には迫るものがあるのかな)
その犯罪者男性が、その行為後しばらく、いたずらに再度主人公に近づいてこようとしない所なども、とてもありうることだ。
総じて性に対する、意識の揺れというかとまどいが、こっそり持っているエロマンガから、性教育の授業、父親の恋人など描くに際して非常にうまく描かれていて、感心した。
(しつこいが、中村文則の描くレイプへの目覚めなど、比べるまでも無い)


犯罪者男性が主人公の小学生女性をなじるセリフがあまりにも文学的な表現で、興奮状態にある人間があんな口きくだろうか、というのもあったが、これはちょっと残念という程度。


それにしてもこの復讐方法はじつによく考えられたものである。
というのはここにおいて、主人公小学生女性も自らの行動を引き受け、責任を放棄していないからである。
犯罪者を告発することで、悪者は全て彼になってしまい、ともすれば自らが彼の誘いにのったという部分は閑却されてしまうことにもなりかねない。その部分をまず自分で引き受けた。
そして、犯罪者男性の側はどうか。
生きている限り常に公にされてしまうかもしれないという恐怖と付き合わねばならないというのは、いっとき犯罪者、児童愛好者の烙印を押されるよりも楽ではないのかもしれない。
しかし逆に言えば、彼はこの公になる恐怖のなかで、公にならない事を信じ、あるいは、公になって人から非難をあびてもそれに立ち向かえるだけの贖罪を重ね続ける機会も与えられたのだ。


なんという文学的な復讐方法だろう。
この復讐方法は、あくまで作品の質を高めてはいるがしかし、現実にこんな事があったとしたら、ほとんどのケースにおいて、被害者は直ちに告発したほうが良いのではないかと思われる。当たり前か。